九州の醤油を初めて口にして、「思っていたより甘い」と驚いた経験がある人もいるのではないでしょうか。
九州では甘口醤油をはじめ、麦味噌、柚子胡椒、かぼすやだいだいを使ったぽん酢、黒酢、しいたけだしなど、地域色の強い調味料が数多く作られています。
なぜ、九州にはこれほど個性的な調味料が多いのでしょうか。
その背景には、単なる味の好みだけでなく、海外との交易、砂糖が流通した歴史、九州で育てられてきた作物、温暖な気候、豊富な海産物や農産物が関係しています。
この記事では、九州に甘口醤油や麦味噌が根づいた理由を中心に、九州独自の調味料文化が育った背景を紹介します。
九州にはなぜ個性的な調味料が多い?
九州に個性的な調味料が多い理由は、ひとつではありません。
地域ごとに使える作物や食材が異なり、その土地で手に入りやすい原料を使って、醤油や味噌、酢、薬味などが作られてきました。
さらに九州は、中国大陸や朝鮮半島に近く、古くから海外の文化が入ってきやすい地域でした。
江戸時代には長崎の出島が海外との貿易窓口となり、砂糖をはじめとする外国由来の食品や文化が九州から国内へ広がっていきます。
こうした歴史と、九州各地の農産物・海産物が組み合わさったことで、地域ごとに特徴の異なる調味料文化が育ったと考えられます。
九州の醤油はなぜ甘い?
九州の調味料を語るうえで、特に有名なのが甘口醤油です。
ただし、九州のすべての醤油が同じように甘いわけではありません。
一般的には南へ行くほど甘さが強くなる傾向があるといわれますが、実際の味は地域やメーカー、商品によって大きく異なります。
九州に甘い醤油が根づいた理由については複数の説があり、ひとつの理由だけで断定することはできません。
長崎から砂糖が入ってきた
江戸時代、鎖国下の日本で海外との貿易窓口となっていたのが長崎の出島です。
輸入された砂糖は、長崎から佐賀や福岡方面へ運ばれました。その道筋は、現在では「シュガーロード」と呼ばれています。
砂糖が流通した地域では、カステラや丸ぼうろ、羊羹など、砂糖を多く使った菓子文化が発達しました。
こうした甘味文化が、料理や調味料の味にも影響を与え、九州で甘い味つけが好まれるようになった理由のひとつと考えられています。
砂糖は豊かさやもてなしの象徴だった
現在では身近な砂糖ですが、かつては高価な品でした。
そのため、料理に砂糖を使うことは、ぜいたくで豊かな食事を意味していました。
大切な客を迎える料理や、冠婚葬祭などの特別な料理に砂糖を使う習慣が重なり、甘い味が「ごちそうの味」として定着したともいわれています。
農畜産業振興機構の資料によると、江戸時代には長崎から砂糖が輸入され、国内で製糖を奨励する動きも進みました。
鹿児島や奄美ではサトウキビ栽培が盛んだった
九州南部の甘味文化には、サトウキビも関係しています。
鹿児島県や奄美群島、沖縄県では、温暖な気候を生かしたサトウキビ栽培が行われてきました。
九州には、海外から砂糖が入る長崎の流通経路だけでなく、南部に砂糖の生産地もあったことになります。
砂糖に触れる機会が比較的多い環境が、甘みを好む食文化につながった可能性があります。
魚料理と甘口醤油の相性がよかった
九州は海に囲まれ、魚介類が豊富な地域です。
刺身に使われる九州の醤油には、甘みが強く、とろみのある商品もあります。
甘口醤油のコクは、ブリやカンパチ、サバなど、脂ののった魚とよく合います。
漁業が盛んな地域では、魚の味に合う醤油が選ばれ、地域の好みに合わせてさらに甘く改良されていったとも考えられます。
佐賀県の郷土料理「くちぞこの煮付け」について、農林水産省は、佐賀の醤油が甘口であるため、砂糖やみりんを加えず、醤油と酒で炊くことが多いと紹介しています。
九州ではなぜ麦味噌が多い?
九州の味噌といえば、麦味噌や、麦麹と米麹を使った合わせ味噌が有名です。
味噌は、使用する麹の種類によって、主に米味噌・麦味噌・豆味噌に分けられます。
麦味噌は、大豆に麦麹と塩を加えて発酵させた味噌です。
全国味噌工業協同組合連合会の資料でも、麦味噌は九州、中国地方、四国地方に集中しているとされています。
米の裏作として麦を育てていた
九州に麦味噌が根づいた大きな理由のひとつが、麦の栽培です。
九州では、米を収穫した後の田畑を利用して、冬から春に麦を育てる二毛作が行われてきました。
地域で麦が多く採れたため、その麦を麹にして味噌を作る文化が発達したと考えられます。
フンドーキン醤油も、九州に麦味噌が根づいた背景として、稲作の裏作で麦を栽培していたことを挙げています。
貴重な米を味噌に回しにくかった
現在では米を使った米味噌が全国的に広く流通していますが、かつて米は主食であり、年貢として納める重要な作物でもありました。
食べるための米を大量に味噌へ使える家庭ばかりではありません。
そこで、地域で育てやすく、米の裏作として収穫できる麦を麹に使った麦味噌が作られるようになったといわれています。
麦味噌は、限られた食材を無駄なく生かすために生まれた、地域の生活に根ざした調味料でもあります。
九州の麦味噌は甘口のものが多い
九州の麦味噌には、比較的甘口で香りが穏やかな商品が多くあります。
麦味噌が甘く感じられる理由のひとつが、麹の割合です。
麹に含まれる酵素が、麦のでんぷんを糖へ分解することで、味噌に自然な甘みが生まれます。
一般に、大豆に対して麹を多く使うほど、甘みの強い味噌になりやすくなります。
全国味噌工業協同組合連合会の資料では、九州地方の麦味噌は、比較的熟成期間が短く、甘口のものが多いと説明されています。
また、一般に味噌は、大豆に対する麹の割合が高いほど甘口になりやすいとされています。
九州の甘口醤油と麦味噌は同じ理由で甘い?
九州の甘口醤油と麦味噌は、どちらも甘みがありますが、甘くなる仕組みは必ずしも同じではありません。
甘口醤油は、醤油に砂糖、甘味料、みりんなどを加えて甘さを調整している商品が多くあります。
一方、麦味噌の甘みは、麦麹の働きによってでんぷんが糖へ変わることで生まれる自然な甘みが中心です。
| 調味料 | 主な甘みの由来 | 特徴 |
|---|---|---|
| 九州の甘口醤油 | 砂糖、甘味料、みりんなど | 刺身、煮物、卵料理などに合う |
| 九州の麦味噌 | 麦麹によるでんぷんの糖化 | 麦の香りがあり、まろやかで甘い |
どちらも九州の甘い味つけを代表する調味料ですが、原料や製法を知ると、その甘みの違いが分かります。
九州には醤油や味噌以外にも個性的な調味料が多い
九州の調味料文化は、甘口醤油と麦味噌だけではありません。
各県の特産物を生かした調味料が作られています。
柚子胡椒
柚子胡椒は、柚子の皮と唐辛子、塩を混ぜて熟成させた調味料です。
九州では、唐辛子を「胡椒」と呼ぶ地域があったため、この名前になったといわれています。
大分県や福岡県など、柚子の栽培が盛んな地域を中心に、鍋物、うどん、焼き鳥、刺身などに使われています。
かぼす・だいだい・ゆずのぽん酢
大分県のかぼすをはじめ、九州では、だいだいやゆずなどの香酸柑橘が栽培されています。
また、宮崎県では、へべすと呼ばれる地域特有の香酸柑橘も親しまれています。
こうした柑橘の果汁を使ったぽん酢やたれも、九州らしい調味料のひとつです。
黒酢
鹿児島県霧島市福山町では、壺を使って米黒酢を発酵・熟成させる伝統があります。
温暖な気候を生かし、屋外に並べた壺の中で発酵させる独特の製法です。
しいたけだし
大分県は、原木乾しいたけの主要産地として知られています。
そのため、しいたけだしや、しいたけのうま味を生かしたつゆ・醤油なども作られています。
醤油メーカーが地域のしいたけを使ってつゆを開発するのも、九州の土地と調味料文化が結びついた例といえます。
九州の中でも地域によって味は異なる
ひとくくりに「九州の味」と呼ばれますが、九州は広く、県や地域によって味の好みは異なります。
北部九州と南九州では醤油の甘さが異なり、同じ県内でも沿岸部と山間部、家庭やメーカーによって味が変わります。
味噌も、麦味噌だけでなく、麦麹と米麹を組み合わせた合わせ味噌や米味噌が使われています。
したがって、「九州の醤油はすべて非常に甘い」「九州では麦味噌しか食べない」と考えるのは正確ではありません。
土地ごとに異なる小さな食文化が集まっていることこそ、九州の調味料が個性的に見える理由でもあります。
まとめ|九州の調味料は土地の歴史と食材から生まれた
九州に個性的な調味料が多い背景には、海外との交流、砂糖の流通、温暖な気候、地域で採れる農産物や海産物があります。
甘口醤油が根づいた背景には、長崎から砂糖が入ってきた歴史や、砂糖を豊かさ・もてなしの象徴とする文化、魚料理との相性などが関係していると考えられます。
麦味噌が多いのは、米の裏作として麦の栽培が盛んだったことや、貴重な米の代わりに麦を麹へ利用したことが理由として挙げられます。
さらに、柚子胡椒、柑橘ぽん酢、黒酢、しいたけだしなど、地域の特産物を利用した調味料も数多く作られてきました。
九州の調味料は、単に味が濃い、甘い、珍しいというだけではありません。
その土地で採れたものを生かし、暮らしや料理に合うよう工夫してきた結果、生まれた味なのです。
参考資料
- 農林水産省「うちの郷土料理」
- 農林水産省「にっぽん伝統食図鑑」
- 独立行政法人農畜産業振興機構「山口・九州地方における甘いしょうゆの歴史としょうゆと砂糖」
- 全国味噌工業協同組合連合会「みそQ&A」
- 日本醤油協会「しょうゆの歴史」
- フンドーキン醤油株式会社「九州の味 フンドーキンの麦味噌」


